日語教室:311過後、精神傷害的《福島県民お断り》

離開福島避難的災民就算去到其他地區居住,孩子們還是受到不必要的惡意中傷。

日本福島縣中學生作文寫下了在避難時遇到的冷眼和歧視如栃木県明寫「謝絕福島縣民」,還有熊本地震捐助時物資被當地人拒絕⋯⋯

以下是中學生的作品:

《福島県民お断り》

私は家族と一緒に、親戚がいる栃木県に避難することになりました。ところが、その途中に寄った店で、とても衝撃的なものを見てしまいました。

それは、駐車場に停めてあった車に、「福島県民お断り」と書かれたステッカーを貼った車があったのです。

私はそれを見て、これからの事が不安だったこともあり、「え?」とただただパニックになり、意味を理解したとき、悲しい気持ちになりました。

震災から五年が経過した現在でも、福島県に対する偏見はまだまだ消えていません。それは、祖母の知人が熊本地震の際に、支援物資を届けに行ったときのことでした。

決して近いとはいえない熊本に、福島から行ったのにも関わらず、「福島の物資はいらない」と現地の方々に拒否されたそうです。

現地の方々も、放射能の被害を恐れての発言だったのでしょう。しかし、被災した方々のために、直接届けに来てくれた人に向かってどうしてそのような心ない言葉が言えるのだろうとむなしさがこみ上げてきました。

震災後、私は自分の気持ちを人に話すことが苦手になってしまいました。「福島県民だ」という周りの人達の視線がとても気になったからです。しかし、そんな私の心を、新たな出会いが変えてくれました。

それは「偏見」と「共感」です。「偏見」とは、自分の勝手なものさしで周りのものを判断することです。相手の気持ちを無視した、とても自分勝手な行動だと思います。

「共感」とは、相手のことを思いやり、相手の立場に立って行動することです。私が女川に来てから、私の心に寄り添ってくれた友人たち。私の痛みを自分の痛みとして捉え共に乗り越えようとしてくれたことにとても感謝しています。

私は将来、自分を救ってくれた人達のように、苦しむ人の小さな助けになりたいです。

「輻射來到了!」學校的同學看到福島轉學的學生大叫。母親們知道也無可奈何,如何能保護幼小的下一代不在這些言語的腥風血雨下成長?

二戰原子彈對廣島和長崎居民的傷害是連續幾代肉體上的,這次福島居民身上精神上的創傷可不是來自冷血無情的原子彈,而是來自同一個國家、同樣叫做日本人的民族。

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香港旅遊及生活部落客歷7年、曾多次受邀到日本及台灣採訪,​以日本深度遊、各種藝術文化交流、日本社會學等等個人分享及見解深受各個年齡層喜愛日本的人士歡迎。著有《Kiri的東瀛文化觀察手帳》。
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